中洲の韓国クラブで今までいくら使ったんだろう・・・
中洲の韓国クラブのこと、いま思い出しながら書いてる。
こういうのって、忘れたつもりでも、ふとした瞬間に匂いみたいに戻ってくるんだよな。
当時の俺、いったいいくら使ったんだろう。
正直、ちゃんと計算したことがない。計算したら怖いから。
誕生日といえばシャンパンで、「今日だけは特別」って顔して、結局それが毎年の恒例になって。
同伴も度々で、食事して、歩いて、店に入って…あれ、同じ流れ、何回繰り返したっけ。
書きながら、あの店の入口の感じまで思い出す。
ちょっと暗くて、ドア開けた瞬間だけ空気が変わるやつ。
あれが妙に“戻ってきた”って感覚をくれるんだよな。
でもさ、結局モノにできない。
いや、モノにできないって言い方も変か。
ただ、手に入った感覚だけは毎回あって、朝になると何も残ってない。
そういう繰り返し。
エスコートアガシに興味を持った
エスコートアガシを知ったのは…そうだ、ネットで韓国の取引先を探してた時だ。
なんであの時、そんなページに辿り着いたのか、今となっては笑える。
ビジネスの検索してたはずなのに、気づいたら夜の入口みたいなサイトを見てた。
興味半分、って言いたいけど…たぶん興味が大半だったな。
とりあえず利用してみた。
その“とりあえず”が、人生で一番危ない言葉かもしれない。
来たのは30代後半のアガシ。
派手なのを想像してたんだよ。もっと尖ってて、近寄りがたい感じ。
でも全然違った。
世話好き。
なんか、こっちが気を遣う前に気を遣ってくる感じで、変に落ち着いた。
あれ不思議なんだよな。派手さより、生活感のある優しさの方が刺さる。
今書いてても、あの時の空気を思い出す。
静かに距離が詰まる感じ。
中洲のアガシに300万円貸した話
そういえば…中洲のアガシに300万貸した話。
これ、書くか迷ったけど、思い出したから書く。
300万。返ってこない。
文章にすると一行だけど、そこに至るまでの会話も、貸した後の時間も、全部長い。
貸した瞬間の「あっ、俺、今、良いことしてる」みたいな気持ちと、
返ってこない日が続くたびに増えていく「俺、何してんだろ」って気持ち。
あの時の俺、たぶん“金を貸した”ってより、“信じたかった”んだと思うだよね。
信じたかった、って書くとちょっとカッコつけてるけど、たぶん本当。
またさ、変な話なんだけど。
一番残ってるのは、お金のシーンより、一緒に韓国旅行に行って、明洞で一緒にカルビタン食べた記憶だったりする。
明洞の店、どこだったかな。
路地だった気がする。
白く濁ったスープが熱くて、ふーって冷ましながら飲んだ。
派手なライトも、コールもない。
ただ、普通に飯を食っただけ。
でも、あの“普通”が妙にリアルで、いまでも残ってる。
たぶん、夜の世界って、どこか全部が舞台だから、
舞台じゃない瞬間に触れると、逆にそこだけが記憶に刺さるんだろうな。
こうやって思い出しながら書いてると、
俺が追ってたのは女の子そのものっていうより、
「特別扱いされてる感覚」だったのかもしれない、って思う。
祝われる。
必要とされる。
名前を呼ばれる。
そういう、分かりやすい幸福感。
でも朝になると、残るのは冷静な自分で、
「結局何も手に入ってない」ってやつが戻ってくる。
そんな俺の愚痴話も今回のアガシは聞いてくれたんだよね~
あのトンズラした中洲のアガシより全然やさしいもんね
中洲の韓国クラブ。
誕生日のシャンパン。
同伴。
返ってこない300万。シーバルと言いたい(笑)
明洞のカルビタン。
線でつなぐと、全部ひと続きなんだよな。
今の俺が、こういう夜を“思い出”として扱えてる時点で、
たぶん、当時とは違う場所にいる。
……って、書きながら、少しだけそう思った。

